【バイオフォトン】健康を全体性(ボディ、メンタル、ディバイン、環境、波動など)で意識すると何が見えてくるか?


唐突ですがここで質問です。

 

皆様にとっての健康って一体何でしょう?

どういう状態?

どういう環境?

どういう関係性?

状態とは、心の状態とか、身体の状態。

環境とは、ライフスタイル、生活環境、裕福?あわただしい?

関係性とは主に人間関係。職場の雰囲気など。

どの様な状態が健康なのでしょう?

 

これって、人によって様々ですよね。

 

幸せって一体何でしょう?

健康を見て見た時、この幸せの形って何なのかに近いのかもしれませんね。

生きるって何なのか

生を全うする=死を如何に迎えるか。それはつまり今を如何に生きるか。それに尽きるのかもしれません。

 

僕が行っているこのセラピー。

最初は健康と言うものに即して活動を行ってまいりました。

健康って何だろう?

どういう状態?

何をもって健康?

 

いろんな方々を診てきました。

身体が思う様に動かなくて、人の手を借りないといけない方。

咳が数か月も止まらず、いつもぜーぜー言っている方。

食べたい物が食べられず、常に自分に制限せざるを得ない方。

あれだけ健康に気を付けていたのに、ある日突然の病の発症。

 

もう一度。

健康って一体何でしょう?

ある日突然病気になると、さっきまでは健康。でも今この瞬間には病気。

症状が治ったと思ったらまた発症。

何か身体に良い物を食べれば健康。身体に悪いものを食べていると不健康。

 

その定義は人の数だけ答えがある。

それが現実なのだと思います。

 

健康法、食事法、施術法、セラピー

健康法なら健康法の中にも様々な概念があります。

食事法でも、ローフード、ビーガン、肉食、1日5食、1日1食。

これらを見た時、何が正しくて、何が間違っているのか。

もしそこに答えを見出そうとすると、おそらく、これが正しい!と断定できる物に到達するのはとても難しいでしょう。

外に結論を求め、追求すればするほど実は迷い、自分の居場所を見失いがちです。

では、私達は一体どうすればよいのでしょうか?

 

様々な食研究家、師範、先生方に接してきた中で感じた、個人的に考えるこの

「健康、生きる、自分らしさ、命」

って何だろうかについて書いて見たいと思います。

 

私達にはどうやら物凄い者(可能性、天性)が潜んでいる様です

 

物凄い者。

それは時には自分を破壊する者でもあり。

それは時には自分を治癒(創造)する者でもあり。

創造と破壊が同時に存在する存在。

 

なかなか意味が分かりにくいかもしれませんね。

 

病気を作り出す力と病気を治す力だったり。

不安と安心

許しと憎しみ

愛と無関心

 

僕は、潜在意識とか、心理とか、専門的な事は未だに詳しくは分かりません。

その辺は詳しい方に聞いた方が的確な答えを頂けるかも知れませんね。

 

ただ僕は、このセラピスト生活の中で、数多くの方々の身体の疾患、心の状態、場のエネルギー状態、その他関係性などを目の当たりにする事で、物凄い事に気付いてしまったのです。

それは、放射能も、電磁波も、あらゆる物を調整、中和、バランスをも取れてしまう素晴らしい事なのかなとも感じている程です。

 

これは、情報でも無ければ、探すものでも無く、自分自身であり、調和であり、融合。そして肝心な事は、既にそれを持っていた事に気付くだけ。

既に在る

叡智は既に、自分の中にあった。

これって多くの方々がおっしゃっているのですが、改めてその発見、認識が、僕のセラピストとしての立ち位置、人の見方、紐解き、に大いに活かされ、そこから人の回復力、改善力が自然と高まる事に繋がったと感じています。

 

ただのセラピストの僕が、何でそんな事に気付けたのか。

その発見は今現在も進行中で。

発見する度に凄い力と可能性を目の当たりにしております。

 

もう一度言いますと。

僕には、

何処かから情報を意識的に持ってくるチャネリンの能力も、

猛勉強をして得た知識も

誰かに師事して得た教えも

セラピストとしてのノウハウも

心の事も

殆どない所からの出発でした。

 

 

 

“病気にはなったけど、病人にはならなかった”の深い意味

この言葉は、今から3年前にがんになられ、それまでの生活が一変し、人生観が変わったという方から頂いた言葉です。

【病気にはなったけど、病人にはならなかった】

衝撃的でした。

それを笑顔で何だかうれしそうに話す。

自分がこの立場に立ったら笑顔でいられるだろうか?

ここにも自分にとっての学びがありました。

クライアントさんからはこの様に良く、問題提起と言いますか、自分の概念を壊すべく出来事や定義がされる事があります。

セッションは自分にとって、これまでの考え方、概念を壊す非常に大きなきっかけとなっています。

概念=枠=囚われ。

僕はそう思っているので、その囚われが壊れると、その中に存在する

“人”

になれます。

なので、人の意見、視点は僕にとっては本質の自己を引き出すのに欠かせないのです。

 

話はそれました。

 

その方のセッションをさせて頂いた時は、退院され、元気になり、自分の本当にやりたい事をやっていると言います。

手術されました。でも抗癌治療、放射線治療はしなかったようです。

 

「皆な死んでで行くんだよな。」

手術し、入院している間にいろいろ見てきたようです。

人の命。生きるとは。そして死と如何に向き合うか。

そこで気付き、意識するようになったのがこの、

《病気と病人の違い》

病気は現象。

病人はその現象に染まった人。

 

「俺は染まらなかったよ。」

 

笑顔で言っていたのがとても印象的でした。

 

ここで学んだことは、在り方。

自らがどう在るか。

なかなか出来そうでできないのですが・・・

 

私達は、病人とまでは行かなくても、日常における様々な現象が起こった時、そこにどっぷりはまり込む自分が居ないでしょうか。

それは、病気、病人という概念だけではなく、身の回りに起こり目の当たりにする事にもどっぷりはまり込んでいる自分が居ないだろうか?

 

人の言った一言にはまり込んだり

ストレスにどっぷりはまり込んだり

親子関係で悩みそこにどっぷりはまり込んだり

 

物事を大きくしているのはもしかしたら自分で。

何かが起こった時に、それを如何に見つめ、捉え、次につなげていくか。

選択は数多くあるのでしょう。

 

選択をする上で、1つを選ぶのに他の全ては切り離しています。

自分にとってのベストを常に選んでいます。

 

その選択を後悔したり、囚われている自分。

それが今を作っています。

 

身体の症状とは、そんな囚われ、偏りをお知らせしてくれる魂からのサイン、メッセージ。

なのかもしれません。

 

そんな側面で見ていくと、自分を客観的に見て行けるようにもなります。

これは訓練が必要となります。

自分を客観的に見て行けるようになると、何かにはまり込んだり、状態=自分と言う錯覚に気付きやすくなります。

 

はまり込んでいる時は、本来の自分ではない状態。

 

客観性。俯瞰力。

それを意識的に行っていくと、全体性が見えてきます。

全体性が見えると、自分の今の立ち位置、捉え方が見えてきて、自分の本音に気付きやすくなったりします。

 

その辺はこれから更にお伝えして行ければと思います。

 

健康において心がけるポイントとは?

・症状=状態=現象にはまり込まない様に心がける。

・症状=部分。自己の客観性を高めると全体が見え、物事への余裕が見える。

・自分を上から見る感覚を養い、俯瞰力を高める。

 

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