フォトン(内なる光)の活性化と命の終焉


惑星の終焉とフォトンの恐縮について、それは人の命の終焉にも繋がって居る事があるよと言うを話をいたします。

 

今からおよそ8年ほど前。あるクライアント様のご自宅に出張で毎週行っていた時がありました。

多発性硬化症と言う疾患。

筋肉が徐々に固くなり、痛みを伴い、動けなくなる難病です。

行くたびに、常に身体があらゆる所が痛い。その痛みを和らげることが出来ればどれほど嬉しいか。毎週伺い、施術をするという事を数か月繰り返しました。

ある日。いつもよりとても調子が良くて。笑顔でいらっしゃった時があったのですが。

その際に感じた事がありました。

それは、この人、今日は何でこんなにキラキラしてるんだろう。しかも身体の周りから光が放出していて、なんて美しいんだろうと思ったのです。

 

何でこんなに光っているんだ?

その時の僕の印象です。

そしてご自宅を後にしてから確か数週間後。

お亡くなりになりました。

全てがこの様なケースに当てはまるとは考えにくいですが、人はフォトンが恐縮されると光を放出するのでは。

その時から更にこの光と言うのと、生きるというのと、命と言うのを考えさせられるようになりました。

 

話は大きくそれてしまいましたが、生きている物すべてにこの、バイオフォトンがあり、光を放っている。

普段頂いている食物。

育てている植物。

家の家具。

特に食べ物は、私達のフォトンに食べ物のフォトンが吹き込まれ、命を繋いている。

そう考えると食べ物との接し方が大きく変わりそうです。

 

フォトンは食べ物のみならず空気中にもあるし、あらゆる所に存在していて。

その光を細胞に転嫁し、私達は生かされているライトワーカー。

 

そんな光の存在であることを意識して日常を過ごすようになると物事の捉え方やありがたさ、など様々な日常に大きな気付きと変化がもたらされそうですね。

 

日常を過ごすポイント

・そもそも光の存在であることを自覚する

・光は命であり、全ての物質は光を放っている

・その光を吸収して生きている。食べる行為も、光を取り入れる行為でもある

 

 

 

身体は答えを知っている

つい先日。

5年前のブログを見ていました。

その頃から今に繋がるスタンスが醸し出されていて。

読んでいてなかなか心地よい感覚を得ることが出来ました。

 

「人はなぜ病気になるのか。改善する人としない人が居るのは何故か。改善には時期とプロセスがあるのではないか。そもそも改善する、治るとはどういう事なのか」

 

5年前の問題提起。

今でもこの思いはぬぐいきれません。

あれからさらに6年。

これは、

「人は何故生き、如何に死に行くか」

ここに行きついてしまうのかもしれません。

 

最近とてもよく耳にするようになった、

自分らしさ

ありのまま

使命

自己実現

 

自分を中心とした概念から発せられる言葉達。

 

ここで思ったのが、自分からの発信なのに、求めている方向性は実は外側ばかりにフォーカスが当たっていて。

探したり。

本を読んだり。

講演に行ったり。

誰かの言う事を聞いたり。

 

内に向かうはずが、

外に何かを求める傾向に無いでしょうか?

 

内側の探求と言いながら何かを探してる。

答えを知ってると言いながら外からの答えを待っている。

 

何を感じてる?

自分は何て言ってる?

魂の本当の声は?

本音は?

 

いろんなアプローチをして内側の探求をしてる方も沢山いらっしゃるのではと思います。

 

身体は何を知らしめているのか。

身体は何を発信しているのか。

 

そんなアプローチから僕は身体と向き合い、心と向き合い、なるべく自分を感じ、問いも自分の内側にしてみたりしています。

 

自分に問うてみる。

今何を食べたいのか

今一番したい事は何か

今感じる感情とは何か

何でそこが痛いのか

今の症状は何で起こっているのか

答えを探すのではなく、ただただ感じてみる。自分はこう感じ、こう思い、こうしたいんだ。

まずは今の自分を知る事からなのでしょう。

それが今を生き、如何に生きるかに繋がり、自分らしさや自己表現。自己認知などに繋がっていくのではと考えています。

 

ポイント

・終わり(死など)を意識すると今を如何に生きるかが見えやすくなる

・自分を感じる時間を持ってみる

・自分に質問してみる

 

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