このレポートは、動画セミナー 【あの世の本当の仕組みと、本当の輪廻転生真】の第1回目「死とは何か?」の要約記事です。
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死について考えることは、不安を増やすためではなく、限りある今をどう生きたいかを見つめることにつながります。宗教やスピリチュアルの世界には、魂、輪廻転生、死後の世界についてさまざまな見方があります。
ただし、死後の世界の構造や魂の存在は、現在の科学で一つの答えが確定しているわけではありません。この記事では、スピリチュアルな死生観を一つの見方として紹介し、客観的な事実と信念を分けながら読み解きます。
確認しておきたいこと:幽界、魂、スピリット、輪廻転生、アストラル界は、宗教・思想・スピリチュアルの立場によって意味が異なります。「2018年に幽界が解消した」という主張も、客観的に確認された科学的事実ではありません。死への不安で眠れない、日常生活が難しい、自分を傷つけたい気持ちがある場合は、一人で抱えず専門の相談先を利用してください。
確認に使える公的・公式情報
よくある質問
死後の世界は科学的に証明されていますか?
死後の世界の構造が科学的に確定したとはいえません。宗教や思想には多様な説明があり、それぞれを信念や世界観として読む必要があります。
輪廻転生は事実ですか?
多くの宗教や思想で語られていますが、誰にでも当てはまる客観的事実として確立されているわけではありません。自分の生き方を考える象徴として受け取ることもできます。
死を考えると怖くなるときはどうすればよいですか?
考える時間を区切り、睡眠や食事など日常の感覚に戻りましょう。不安が強く続く場合や、自分を傷つけたい気持ちがある場合は、公的な相談窓口や医療機関へつながってください。
「2018年に幽界が解消した」という説をどう読むか
実は今まで、私たちが生きている現実の世界と、死んだ後に行く世界であるアストラル世界の間に「幽界」という世界がありました。
そのために、人々は死後の世界はおどろおどろしいイメージを持っていました。しかしながら、2018になって、「幽界」はほぼ解消されました。
ですので、これからの人々は死後に対して変なイメージを持たなければ、死後、簡単にアストラル世界に行くことができるようになりました。
魂を「情報の器」と捉える考え方
「スピリット(霊性)」とは空気のように漂っているようなもので、スピリットを入れて置く器が「魂(たましい)」です。
この魂という器があることにより、個々に区別されます。魂はいわば皮膜のようなもので、これにより、内側にあるスピリットと外側にあるスピリットが区別されます。
魂だけでは肉体をもっているわけではないので、生き物としての生命をもっているわけではありませんが、魂という「個」の存在があることになります。
スピリットをエネルギーと捉える考え方
個々の魂の中にあるスピリットには、それぞれの個性を持っています。
スピリットはエネルギーと言い換えることもでき、様々な振動数をもっており、様々な性質(情熱的、穏やか、短気など)をもっています。
また、この振動数の違いによって違った情報を持ってくることができます。

この情報は「意識」と言い換えることもできます。
いわば意識もまたエネルギーということができ、意識によって様々な表現や作用を起こしたりすることができます。
このようにして、それぞれのスピリットは様々な情報の違いにより、個性を発揮するのです。
まさに、人間の性格や体質、思考グセ、感情グセの違いはここに起因します。
目に見えない感覚をどう受け止めるか
魂は常に新しいエネルギーを取り込んで、古いエネルギーを放出しています。
例えば、何かを表現しているときもエネルギーを放出していますし、相手の行動からエネルギー(情報)を得ています。
雑踏に中にいると思い空気を感じ、自然の中にいると解放されるのも、エネルギーの動きといえます。
このように、人々はスピリットを通じてエネルギーを感じるができます。
人と人が触れ合っていなくても、何かのエネルギーを感じるのは、スピリット同士が触れ合っているからです。
私たちは、相手のスピリットを嗅ぎ分けるということを自然にやっています。
個性が人生の可能性を広げる
スピリットとは普遍のように思いがちですが、常に上書きされています。
人は様々な経験を通じて成長するにつれ、思考グセや感情グセも変わってきます。
そのようにして、スピリットも変化していきます。
個性は変わらないものではなく、人生の可能性であり、その可能性により変化していくことで、魂は成長していくのです。

死への恐れと向き合う
「死とは何か」ということを考える前に、まず「生きている」ということについて考えてみます。
魂の中にあるスピリットがこの地球という次元で現実を体験しようと思った時に「肉体を持つ」ということを決めます。
肉体を持つためには肉体を持つ両親が必要です。
魂はアストラル世界から、お父さんをお母さんを見つけ二人の遺伝子を貰おうと決めて、肉体を持ちます。
魂は肉体よりも大きいものですから、肉体の中に魂があるというのではなく、魂の中に肉体があります。
ですので、魂は肉体を覆いこんで、肉体を操っているというイメージになります。
このことを踏まえると「死」というものは、魂がスピリットを引き連れて肉体を出て行くことを指します。
また、死んでしまっても、魂は「私」という感覚や生前の記憶を持っていきます。
ちなみに幽霊は、アストラル界に行けずに、自分が死んだということを認識せずに霊界にとどまったもので、彼らもまた「私」という感覚を持っています。
肉体から出た魂は「スピリット」という存在になりますが、死んだ当初は自分は死んだことを気づかずにいます。
死を覚悟して病床にいたような方は、比較的スムーズに死後の世界に行くことができますが、突然の不慮の事故で亡くなったような方は、自分の肉体から出てしまったことにショックをうけて慌ててしまいます。なんども体に戻ろうともします。
しかしながら、割と短時間で自分が死んだことを認識します。
死んだ方の多くは、死んだ時、まず家族を心配します。
それと同時に家族のもとを訪れます。このように意識した瞬間にその人のもとを訪れることができるのが、現実世界との大きな違いです。
つまり、生きている人と亡くなっている人の「時間」が違うのです。
「死」というものは、死ぬ前に苦しいことはあっても、「死」の瞬間そのものは苦しいものではありません。
死んだあとも「私」はありづづけますから、「私が存在しなくなる」という不安は持たなくてもいいのです。
アストラル界という考え方
人類の多くは、長い間、「輪廻」の繰り返しを余儀なくされていました。
つまり、アストラル界に行けずに、幽界からまた生まれ変わるということを何度も何度も繰り返してきたのです。
この輪廻を繰り返すうちに、魂はだんだん消耗してきます。
そして、中のスピリットが癒されるということがなく生まれ変わります。
記憶はかき消されているので、それを気づかされませんが、魂はくたびれているです。
ブッダは「輪廻を繰り返してはならない」と何度もお弟子さんたちに諭しました。








