MENU

古事記に学ぶ経営と人生の7つの知恵|日本型リーダーシップ

古事記の知恵を現代の経営とリーダーシップに生かす

『古事記』は神々の物語を伝える日本最古級の書物であると同時に、国や組織を長く保つ知恵、人を生かすリーダーシップ、対立した相手とも共存する発想を読み取れる一冊です。神話の奥には、現代の仕事や人生にも通じる日本的な世界観が息づいています。

この記事では、古事記と古代日本の仕組みを手がかりに、経営や組織づくりへ生かせる7つのヒントを紹介します。勝つことだけを目的にせず、異なる力を結び、全体を繁栄させる知恵に注目してみましょう。

古代日本の朝廷で豪族たちが円座に集う様子
目次

古事記から学べる経営と人生の7つの知恵

  • 異なる一族を受け入れるプラットフォームをつくる
  • 民や働く人を組織の宝として大切にする
  • 精神性と現実的な生活の両方を見る
  • トップはすべてを動かさず象徴として中心に立つ
  • 大きな敗北の中にも次の時代を開く意味を見つける
  • 敵を消すのではなく仲間として生かす
  • 個人の勝利より全体が続く仕組みを選ぶ

朝廷は異なる豪族を結ぶプラットフォームだった

江戸幕府の第3代将軍は、家光の弟が継ぐものとされていたなか、家康が年上の者が継ぐべきだろうという考えを示したものでした。これは、戦国時代のように実力のある者が継ぐということでは、様々な藩で家督争いが起こるだろうということへの配慮でした。

古代日本は、地方豪族の集まりの連邦国家でして、いつしか、天皇という仕組みができるわけですが、この「君臨すれども統治せず」の役割をこの血族にもたせ、地方豪族たちも血縁を持つことで、行政への参加ができる仕組みでした。

豪族だったら誰でも参加できるプラットフォームが大和朝廷といえます。
自分の国を「お上」に譲ることで、都に住んで、連邦会議に参加できますから、参加者は合理的に天皇制を支持することになります。

そして、混乱をさけるために、天皇の代替わりの合理的なやり方が、血の順序だったわけです。
豪族も血族レースに参加できる極めてオープンなプラットフォームだったといえます。

しかも、一度、都に住めば、田舎には戻りたくないという心境を生みます。
現代でも、上京したまま田舎に戻らない元田舎者はたくさん東京に住んでいます。

国を下っ端に任せてでも、住みたいと思わせる魔力が「京」にあったということは、日本の歴史を学ぶ上で重要なポイントかと思います。

民を国の宝として見守る古代日本の為政者

「民は国の御宝」に学ぶ人を大切にする経営

戦後の日本国憲法が発布される前から、基本的人権の尊重の概念はありました。
聖徳太子による十七条の憲法にも、国民を大切にすることが書かれています。

西洋の戦争では、搾取や奴隷が当たり前ですが、日本では「民」は資産として扱われています。
それは、「すべての人の中に神がいる」という神道の考え方がベースにあるとは考えられますが、これを合理的に行ったのが日本の為政者でした。

島原の乱では、武装したキリスト教民を皆殺しにしましたが、幕府はこれを反省して、島原の農業の立て直しをはかり、その後はキリシタンの信仰を黙認したといいます。これも「民あっての国」という考えがあったからこそです。

日本の為政者で唯一、この考え方に従わなかったのは織田信長です。
一向一揆の虐殺、比叡山の焼き討ち、武田狩りなど、数万人規模の虐殺を何回も行っています。
今までアンタッチャブルな寺社勢力にもその手が及ぶものですから、公家も恐れていたに違いありません。

いいタイミングに死んだというのが歴史の面白いところです。

祈りと農業と手仕事が共存する古代日本の暮らし

古代人は精神性と現実を分けずに生きていた

「聖武天皇は、鎮護国家を作るために、東大寺の大仏を作りました。」ってサラリといいますが、現代人だったら、そんなものに血税を払うなよと思うかもしれません。

でも、東大寺建設はオリンピックスタジアム建設のようなものだよといえば、すんなり納得するかと思います。

公家連中にしても民衆にしても、その中に、その道のプロも混じっていますから、スピリチュアルのリアリティを知っています。宗教は「心のあり方」を整えることはできても、現実を変えることはできないことはわかっています。

天皇家は、身内で呪詛しあったりしてますが、やはりやるときは、刀で斬り殺したり、戦争をしてきていました。

宗教やスピリチュアルにハマる人は、すべからく、利己的で、自分の内面を見つめるだけ、ただ拝むだけで何もしません。
そんなことを、為政者もやっていたら、政治はできません。

ただ、地震や飢饉が起こった時に、「お上のせいだ」という噂を流したくなるのが民衆の心ってものです。
だから、パフォーマンスとして、太宰府天満宮を作ったり、鹿島神宮で将門封じをやったりして、民衆の心に答えているわけです。

東大寺も所詮そのようなものです。
ただし、全国に国分寺を配置して、その総本山が東大寺なわけですから、政治の道具としては中々に合理的です。

寺社勢力は朝廷時代の地方豪族の及ばない新しい秩序の担い手です。
荘園や僧兵を持ち、天皇ともつながりを持つ、そんな勢力が地方に散らばっているわけです。
国司・郡司に対して、国分寺、なかなかに面白い構造を作ったものです。

その後、道教が出てきて、いよいよ仏教勢力が新秩序を作るのかと思いきや、桓武天皇によって排除されます。

そして、桓武天皇が作って全国に散らばらせたのが公家武士、桓武平氏というわけです。

トップは象徴であるべし|権威と権力の使い分け

天皇は意見や感想はいうけど、直接指示はしない。
権威に徹することで、権力を動かす人たちは政争を繰り返すけど、自身は身の安泰を計りました。
これが大和朝廷や、律令時代の基本的なシステムです。

この構図は、武士の世界でも同様でして、殿様は、家来たちの合議に従うという方法がとられたようでした。
日本が連邦国家であるように、諸国もまた豪族たちによる連邦ですから、このような形が合理的だったのでしょう。

大名たちは、朝廷の権威も借りて、官位ももらい、それを統治する証明書がわりに使いました。
日本のリーダー像というのは、お上から任命をうけた上で、実行は部下の合議をまとめるにふさわしい言動をする人ということなのでしょう。

このような権威と権力の使い分けは、武士の時代になっても、鎌倉時代の執権北条氏のように応用されました。
これは、平清盛が天皇家に近いあまりに排除されたことを学んだからでしょう。

権威と権力の使い分けができなくて失敗した例は、後醍醐天皇でした。
鎌倉幕府を倒す号令をしたまでは、世論を掴んでおり功を奏したわけですが、親政を図ろうとしたのが失敗で、公家にも武士にも受け入れられなかったというわけでした。

敗北の中にも次の時代を開く意味がある

大航海時代の植民地政策は450年続きました。それまで略奪や奴隷、不平等な貿易など、やられっぱなしだった各国はなぜ独立できたのでしょうか?

日本は「民あってこその国」という信条がありますから、原爆を落とされたときに、その決断の時はやってきました。

このタイミングは実に絶妙で、この頃からインドネシアやフィリピンの独立運動と重なります。
そして、あれよあれよといううちに、東南アジア、インド、アフリカが独立していきます。

一方で、アメリカは、日本に占領したのは5年ほどで、朝鮮へ出兵しては戦果をあげられず、ベトナムでも負けました。

大航海時代の列強は、船を数隻派遣して、鉄砲をふりかざせば、略奪し放題でした。
これにくらべて、大東亜戦争以降のアメリカって、戦争で何を手に入れたのでしょうか?

かえって、各国の独立を促しただけでした。

今まで、一度も海外の勢力に屈しなかった日本が敗戦したという事実、そのものが、各国を鼓舞したのではないでしょうか?

普通なら、400年続くものは500年続くものです。それが日本の敗戦時期の10-20年くらいに独立運動が集中するのは「神風」としか言いようがありません。

人々の集合意識が変われば、世の中は変わります。
指導者の指導者たる所以は、人々の意識をうまく変える点といえましょう。

そして、各国の指導者はまさに、日本のあり様を意識していたのです。

敵の駒も生かす将棋に学ぶ共存型の経営

ゼロサムではなく将棋に学ぶ共存の発想

秀吉の家臣団の中に浅井家家臣がいたり、徳川の家臣団の中に武田家家臣がいるように、日本人は敵国出身であっても人材登用をします。

明治政府では、徳川慶喜が貴族院にいたり、幕府軍の榎本武揚が大臣になったりしています。

「民は国の御宝」という考えは、敵国の家臣にもいえることで、人材を有限の資産として考えるのが日本人の癖のようです。

それに対し、西洋の戦争のあり方は敵国に奴らは皆殺し、財産没収当たり前の世界です。
極端な虐殺は、妬まれる可能性をゼロにしようという不安の裏返しです。

競合が出ようものなら、その目を摘むべく、買収するか、殲滅させるかという考え方です。
これに対して、日本では、競合もウェルカムで、市場そのものを大きくしようという考え方があります。

徳川家は、なぜ、自分に牙を向けたことのある、島津や毛利、黒田、上杉や伊達といった競合を残したのか?

それは、あえて競合を残すことで、身内を律することもあっただろうし、異端児を置いておくことで新しい風を吹かし、日本自体の民度や国力を強くすることを念頭に入れていたのではないかと思います。

事実、列強各国といえば、内乱を起こさせて、傀儡政権を作るという形で植民地支配をしていましたが、日本は戦国時代や幕末時代のように内乱が起こっている時に攻められたことがありません。

すぐに無血開城をしたり、余計な犠牲を払わないで、新しい秩序を作ったりします。
こんな感じですから、列強にとって、武器も売れず、宗教を支配にうまく使いこなせない、こまった相手が日本でした。

古事記と経営に関するよくある質問

古事記から経営を学べるのはなぜですか?

神話の背景には、異なる一族をまとめ、国と共同体を長く保つための考え方があります。組織や人間関係にも応用できる知恵が含まれています。

「民は国の御宝」とはどんな意味ですか?

国を支える人々こそ最も大切な財産だという考え方です。現代なら、顧客だけでなく従業員や地域を尊重する経営に通じます。

トップが象徴になるとはどういうことですか?

細かな権力を一人で握るのではなく、理念と方向性を示す中心となり、実務は信頼できる人へ任せるリーダー像です。

将棋型の経営とは何ですか?

相手を完全に排除するのではなく、異なる強みを仲間として生かし、全体の価値を高めていく発想です。

古事記が教える経営の真髄は全体を生かすこと

こちらの動画が面白かったのでシェアしておきます。

古事記の伝説は、その裏のメッセージを読み解くと、国づくりや企業経営のヒントが出てきます。

また日本史は、古事記を読んでから調べると味わい深いものになります。

この記事を書いた人

Aitree kimura

株式会社Aitree 代表。スピリチュアル業界歴24年。
 
大手スピリチュアル系企業のワークショップマネージャーを7年勤め、国内外から数多くの有名な講師を発掘、プロデュースに従事。
 
その後独立。 数百人の講師との打ち合わせ、セッション、セミナーなどを受ける中で培われた、本物を見極める目を活かし、Aitreeでは、大手ではできなかった、心から尊敬し本当に素晴らしい講師の方だけをご紹介しております。
 
好きなことは、家族と過ごす時間、海や自然に行くこと、ドライブ、海外ドラマ(SF)、、仕事、お酒など。
 
2021年より湘南に移住し、ゆるく湘南ライフを日々満喫中。

  【他社で発掘、プロデュースした講師の方々】 クンルンネイゴンのマックス・クリスチャンセン氏、kan.氏、伯井 由紀氏、クォンタムタッチを海外から発掘、本田健氏、ジェームズ・スキナー氏、西田文朗氏、世界的に有名なチャネラーのリサ・ロイヤル氏、ライトランゲージのジェイミー・プライス氏、アサラ・アダムス氏、アニー・ボッシンハム氏、アル・ミラ氏、グスタヴォ・カスタニエール氏、ホリー&ポール・マーウッド氏他多数のセミナーなどを企画・プロデュース。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次