ニューエージの旗手「シャーリー・マクリーン」の徹底解明


スピリチュアルの世界に興味をお持ちの方でしたらその名前を知らないという人はいう人はいらっしゃらないことでしょう。女優「シャーリー・マクリーン」。彼女自身の様々な神秘体験とそれらを通じて精神世界と出会うまでを綴った著書「アウト・イン・ア・リム」を出版すると、その本を通じて世界中の人々に多大な影響を与え、その後のニューエージのムーブメントを引き起こしました。今回はシャーリー・マクリーンがどういった人であるのかということから、シャーリー・マクリーンがスピリチュアルの世界に出会うまでのいきさつ、彼女の代表的著書「アウト・イン・ア・リム」にどんなことが書かれているのか、というところまで徹底的に解明していきたいと思います。

 

1.シャーリー・マクレーンとは

1-1.プロフィール

まずは「シャーリー・マクリーン」というのがどんな人物なのかを整理しておきましょう。

シャーリー・マクリーンは1934年4月24日にアメリカヴァージニア州のリッチモンドという都市で生まれました。

父親はワシントン・シンフォニーの指揮官であった音楽家、母親は元女優です。

ちなみに弟も俳優で「ウォーレン・ベイティ」。

彼女は3歳のころからバレエを学び始めて、その後ワシントン・バレエ学校に入学します。

その後舞台活動を続け1955年、「ハリーの災難」という作品で映画デビューを果たしました。

それ以降、配役は脇役とはいえ映画出演を続けます。そして1958年「走り去る人々」でアカデミー主演女優賞にノミネート。

続いて1960年「アパートの鍵貸します」、1963年「あなただけ今晩は」といった作品でノミネートを受け不動の人気ハリウッド女優の座を手にしました。

そして、1983年「愛と追憶の日々」で念願であるアカデミー主演女優賞も受賞しています。

1954年に「青い目の蝶々さん」を制作したスティーヴ・パーカーと結婚しており夫婦ともに親日家として知られていて夫婦ともに日本在住経験もあります(スティーヴ・パーカー氏とは1983年に離婚)。

この2人の間には1956年に娘が誕生、娘さんは小森和子さんの命名によって幸子という当時日本人ではわりとポピュラーで会った「幸せ」を意味する名前が付けられました。

その娘さんサチ・パーカー(Sachiko Parker)は母シャーリー・マクリーンの影響を受けて女優になっています(1985年「バート・トイノルズのスティック」で映画デビュー)。

1-2. 女優以外としての活動

彼女の活動はハリウッド女優にとどまってはいませんでした。

彼女はリベラリストとしても名を馳せ政治の舞台にも積極的に関与、1973年には米国女性団体としては初となる中国訪問団を組織しました。

その活動内容は「The Other Half of the Sky:A China Memorir」という作品に収めアカデミーにもノミネートされました。また、自身の神秘体験を綴った著作も数多く発表しています。

1-3.著書

 

「アウト・オン・ア・リム―愛さえも越えて」
「ダンシング・イン・ザ・ライト―永遠の私をさがして」
「オール・イン・ザ・ブレイング―私への目覚め」
「風を追いかけて」
「ゴーイング・ウィズイン―チャクラと瞑想」
「ダンス・ホワイル・ユー・キャン―いまを輝かせて」
「マイ・ラッキー・スターズ―わがハリウッド人生の共演者たち」
「カミーノ ― 魂の旅路」
「愛犬テリーに教わったこと―シャーリーと小さな先生の物語」

2. 女優としてのシャーリー・マクレーン

2-1.映画でデビューまでの経緯

シャーリー・マクレーンは子供の頃からバレエをやってたこともあって元々舞台女優でした。

当初はとあるミュージカルの主役の代役として働いており、代役であったため出番も少なかったようです。

しかしある日のこと、主役の女優がつまずいて怪我をしたことによってシャーリー・マクレーンにチャンスが回ってきます。

主役の代役という出番が少ないのにもかかわらず主役と同様に演じることができるように芝居を覚えておかなくてはならないといったおそらく多大な苦悩があったであろう日々の鬱憤もあったことでしょう。

そんなチャンスにシャーリー・マクレーンはここぞと持ち前の存在感を存分に発揮しました。

そんな彼女の晴れ舞台を見ていたのがプロデューサーのハル・B・ウオリス、シャーリーに惚れ込み8年間の契約を結ぶことになりました。

これと時を同じくしてシャーリー・マクレーンの晴れ舞台を見ていたのがかの有名な映画監督アルフレッド・ヒッチコック、1955年に公開の映画「ハリーの災難」への起用を決めます。

当時ヒッチコックの映画といえば「色っぽいブロンド美女」の出演が常套で、起用されたシャーリー・マクレーンはショートカットで色気漂うというタイプではありませんでしたので、異例の抜擢だったと言えます(それゆえに「ハリーの災難」は後に「ヒッチコック作品の中でも最も異色を放つブラックコメディ」と称されることになります)。

ちなみに、「ハリーの災難」でのシャーリー・マクレーンが演じた役は、ちょっと頭の悪い娼婦役でした。

2-2.主な出演作品

1955年「ハリーの災難」*役名:ジェニファー・ロジャース
1956年「八十日間世界一周」*役名:アウダ姫
1958年「縄張り」*役名:デル・ペイトン
「花嫁売り込み作戦」*役名:イレーネ
「走り来る人々」*役名:ジニー・ムーアヘッド
「恋の売込み作戦」*役名:メグ
「果てしなき夢」*役名:シャロン・ケンジントン
1960年「カンカン」*役名:シモーヌ
「アパートの鍵貸します」*役名:フラン
「オーシャンと十一人の仲」間*役名:酔った女性
1961年「凡ては夜に始まる」*役名:ケイティ・ロビンズ
「噂の二人」*役名:マーサ・ドビー
1962年「青い目の蝶々さん」*役名:ルーシー・デル/ヨーコ・モリ
1963年「あなただけ今晩は」*役名:役名:イルマ
1964年「何という生き方!」*役名:ルイーザ・メイ・フォスター
「黄色いロールス・ロイス」*役名:メエ・ジェンキンス
1966年「泥棒貴族」*役名:ニコール
1967年「女と女と女たち」*役名:Paulette/Maria Teresa/Linda/Edith/Eve Minou/Marie/Jeanne
1968年「おかしな夫婦・大逆転!?」*役名:ハリエット
「スイート・チャリティ」*役名:チャリティ・ホープ・ヴァレンタイン
1970年「真昼の死闘」*役名:サラ
1971年「Desperate Characters」*役名:ソフィー・ベントウッド
1977年「愛と喝采の日々」*役名:ディーディー
1979年「チャンス」*役名:イブ・ランド
1980年「ラヴィング・カップル」*役名:イヴリン・ルーカス・カービー
「LOVEシーズン」*役名:Karyn Evans
1983年「愛と追憶の日々」*役名:オーロラ・グリーンウェイ
1984年「キャノンボール2」*役名:ヴェロニカ
1988年「マダム・スザーツカ」*役名:マダム・スザーツカ
1989年「マグノリアの花たち」*役名:ウィザー
1990年「ミラクル/バックリーの魔女たち」*役名:
「ハリウッドにくちづけ」*役名:ドリス・マン
1992年「迷子の大人たち」*役名:パール
1993年「潮風とベーコンサンドとヘミングウェイ」*役名:ヘレン
1994年「不機嫌な赤いバラ」*役名:テス
1995年「セルロイド・クローゼット」*ドキュメンタリー
1996年「くちづけはタンゴの後で」*役名:グレース・ウィンターボーン
「夕べの星」*役名:オーロラ・グリーンウェイ
1999年「ヴァージン・ブレイド」*役名:Madame de Beaurevoir
「ぼくが天使になった日」*役名:ヘレン
2001年「だって女優ですもの!」*役名:ケイト・ウエストボーン
2005年「奥さまは魔女」*役名:アイリス
「イン・ハー・シューズ」*役名:エラ・ハーシュ
「迷い婚 -全ての迷える女性たちへ-」*役名:キャサリン・リシュリュー
2007年「あの日の指輪を待つきみへ」*役名:エセル・アン
2008年「ココ・シャネル」*役名:ココ・シャネル
「赤毛のアン 新たな始まり」*役名:アメリア・トーマス
2010年「バレンタインデー」*役名:エステル
2011年「バーニー/みんなが愛した殺人者」*役名:マージョリー・”マージ”・ニュージェント
2012年「ダウントン・アビー」*役名:マーサ・レヴィンソン
2013年「LIFE!」*役名:ミティーの母親
2014年「トレヴィの泉で二度目の恋を」*役名:エルサ・ヘイズ

2-3..受賞歴(近い順)

第63回 ゴールデングローブ賞(2006年)
第52回 ゴールデングローブ賞(1995年)
第50回 ゴールデングローブ賞(1993年)
第48回 ゴールデングローブ賞(1991年)
第46回 ゴールデングローブ賞(1989年)
第45回 ベネチア国際映画祭(1988年)
第56回 アカデミー賞(1984年)
第41回 ゴールデングローブ賞(1984年)
第37回 ゴールデングローブ賞(1980年)
第50回 アカデミー賞(1978年)
第21回 ベルリン国際映画祭(1971年)
第27回 ゴールデングローブ賞(1970年)
第25回 ゴールデングローブ賞(1968年)
第24回 ゴールデングローブ賞(1967年)
第36回 アカデミー賞(1964年)
第21回 ゴールデングローブ賞(1964年)
第19回 ゴールデングローブ賞(1962年)
第33回 アカデミー賞(1961年)
第18回 ゴールデングローブ賞(1961年)
第21回 ベネチア国際映画祭(1960年)
第17回 ゴールデングローブ賞(1960年)
第31回 アカデミー賞(1959年)
第9回 ベルリン国際映画祭(1959年)
第16回 ゴールデングローブ賞(1959年)

3.シャーリー・マクレーンとニューエージ

3-1.スピリチュアルワールドへの目覚め

シャーリー・マクレーンは40代の初めになると世界中を飛び歩くようになります。

その中でインドのヨガ教師に会い、その師から彼女自身の前世に関して示唆を受けました。

その後ヒマラヤにて僧侶との会見を行った時デ・ジャブを覚えたといいます。

さらにスウエーデンの霊媒師から精神世界の説明を受けるなど様々な神秘体験や学びを繰り返した結果、それまでの即物的な生活を自省。

そうした経緯の後、ピンクパンサーシリーズで有名なコメディ俳優ピーター・セラーズの突然の死を予知したり、体外浮遊を経験するなどスピリチュアルな世界に目覚めていきました。

3-2.「アウト・イン・ア・リム」の出版

上記のようなシャーリー・マクレーン自身が経験した経緯、「実利的な合理主義者」だった彼女がスピリチュアルの世界に目覚めるまでの経緯を平易な文章で書き上げたのが彼女の有名な著書「アウト・イン・ア・リム」です。

この本が非常に多くの人々に多大な影響を与えることとなり、その後アメリカで起っていった「ニューエージ」の旗手として知られるきっかけとなりました。

4.「アウト・イン・ア・リム」に書かれている内容

さて、そんな「アウト・イン・ア・リム」の気になる内容ですが、精神世界を騒がせている様々なことを学ぶためには絶好のガイドブックと言って良い内容となっています。

本著には世界的な大女優とその恋人との大胆な逢瀬の様子を垣間見ることができるという側面もありますが、「輪廻転生」、「チャネリング」、「前世」、「瞑想」、「体外遊離体験」、「UFO」、「宇宙人(E.T))、「精霊」、「神」、「気づき」といったスピリチュアルな世界に関する非常に興味深い様々な事柄についてとてもわかりやすく書かれています。

5.上記項目の筆者なりのまとめ(抜粋)

5-1.はじめに

「アウト・イン・ア・リム」に書かれている内容については著作権の問題もありますし、興味をお持ちの方には是非実際に「アウト・イン・ア・リム」をお読みいただきたいと思いますので、本記事では同書に書かれているスピリチュアルな世界に関するいくつかの事柄を筆者なりの理解において簡単にお話しさせていただきたいと思います。

本記事の記事内容と「アウト・イン・ア・リム」に書かれている内容とは異なっていることもあるとは思いますが、その点につきましては予めご了解くださいませ。

5-2. 「輪廻転生」

日本におけるスピリチュアルな考え方の主流と言える考え方やその大源とも呼べるニューエージの考え方においては「輪廻転生」は議論を待たない事実であり、その肯定は共有認識となるものです。

ですのでここで改めてスピリチュアルの世界における「輪廻転生」については語る必要はないでしょう。

しかしこの「輪廻転生」について量子論の視点からもその存在を肯定する研究報告が上がっていますので、その内容は皆さんも興味深いでしょうから簡単にご紹介しておきましょう。

その研究報告を出したのは米国ヴァージニア大学医学部精神科のジム・タッカ―という博士です。

彼は前世の記憶を持つ子供たちに15年にわたるインタビューを実施、その成果を経験したはずのない出来事の記憶であったり、前世の傷や痣(あざ)などを持つ子供たち=輪廻転生したと思われる子供たち2500人にも及ぶ子供たちのインタビュー記録を「Life Befor Life:A Scientic Investigation of Children’s Memories of Previous Lives」という著書にまとめて収録し発表しました。

同博士によれば、意識は量子レベルのエネルギーであり輪廻転生の化学的説明は可能であるとしています。

5-3.「チャネリング」

チャネリングというと、霊媒師や霊能力者、スピリチュアル・カウンセラーといったごく限られた人間がチャネラーとなって異次元の意識を人々に伝えるものと考えられているのが世間では一般的でしょう。

皆さんもすでに理解されていることでしょうが、宇宙にいる高次元の存在から地球人に対して送られているメッセージに気付き、それを受信することがチャネリングであり、ある意味誰にでも可能なことであり、実は無意識のうちにチャネリングと呼べるようなことを「閃き」や「無意識的な行動」といった形で私たちは体験しているのです。

5-4.「前世」

シャーリー・マクレーンは、彼女自身の前世についてアトランティス大陸の人間で3500年前のアトランティスの戦士であったラムサ(ラムサはニューエージのチャネラー「J.Z.ナイト」が交信する霊です)と兄弟であったと言っています。

また、「一休さん」の愛称で知られている日本の室町時代の僧侶「一休宗純(いっきゅうそうじゅん)」の晩年の伴侶であった森侍者(しんじしゃ)も前世の1人であったと語り、日本在住時に「虎丘庵(こきゅうあん:かつて一休が森侍者と一緒に住んでいた庵)」に案内されて訪れた時既知感を覚えたと言っています。

5-5.「体外遊離体験」

シャーリー・マクレーンは、ペルーで4000mという高地にある温泉に浸っていた時に自分の意識が次第に拡大していき自分の身体から離脱して空中に高く舞い上がっていきやがて宇宙にまで達したと語っています。

地球を離れてそのまま月に向かおうとした時、自分の足元から地球上の元いた場所に向かって銀色のひも(=シルバーコード)がつながっていることに気づき、「月まで行ってもこのひもはつながっていられるのかしら?」と疑問を抱いた途端に意識は上昇を止めて地球上へ戻っていき温泉に浸かる自分自身の姿を確認した後自分の身体に戻ったと言っています。

まとめ

今回はシャーリー・マクレーンについて、その女優としての側面からスピリチュアルの世界に目覚めたいきさつ、彼女の著書である「アウト・イン・ア・リム」についてまでご紹介してきましたがいかがだったでしょうか?

シャーリー・マクレーンは映画女優としても数多くの映画に出演し数々の賞も受賞しています。

個人的な見解も含めて言わせていただけるなら、若いころのシャーリー・マクレーンはショートヘアーがよく似合っていてとてもキュートで魅力的だと思います。

今回のこの記事をきっかけに彼女の出演作を見返してみるのも良いかもしれません。

またニューエージの旗手の1人としてのシャーリー・マクレーンの存在も非常に大きく魅力的です。

彼女のスピリチュアルの世界における現在の位置を不動のものとした彼女の著書「アウト・イン・ア・リム」もスピリチュアルの世界に対する理解を高めるための良い本ですので一度お読みになってみてはいかがでしょう。