アヴァロンの古代文明とはなんなのか?アーサー王とその真実に迫る!


アヴァロンとアーサー王の物語は、みなさんご存知のあの伝説の「聖剣エックスカリバー」ととても関連深いものとなっております。

今回は、そんなアヴァロンの謎とアーサー王の物語について詳しく解説しております。是非ともご興味のある方はご一読ください。

⒈アヴァロンとは?

⒈1アヴァロンについて

アヴァロンとは、ブリテン島にあるとされる伝説の島のことです。アヴァロンはアーサー王物語の舞台として知られ、戦で致命傷を負ったアーサー王が癒しを求めて渡り最期を迎えたとされています。また、イエス・キリストがアリマタヤのヨセフとともにブリテン島を訪れた際の上陸地で、後にそこがイギリス最初のキリスト教会となったという伝説の場所としても語られています。

この場合のアヴァロンの場所は、今日のグラストンベリーではないかと考えられています。

⒈2アーサー王伝説とは?

アーサー王伝説について語ろうとすれば、色んな切り口があると思うが、ここは入り口的に…さらりと流してみます。「アーサー王伝説」と、一口に言っても、それは、一人の人間によって書かれたものでは無いです。アーサー王の伝説に関する、”ただ一つの原典”は、存在しません。もちろん、「アーサー王伝説」という名前の小説があるワケではないので、ご注意ください。

たとえば、日本でいちばん有名なのは15世紀に書かれたサー・トマス・マロリーによる物語だが、この物語は「アーサー王の死」と呼ばれています。元ネタは同名のフランス語の作品であり、彼自身の「オリジナルな創作」ではなく、それまでに書かれた数多くの伝説、叙事詩などを下敷きにして書かれた、言ってみればリメイク版の物語に過ません。

また、アーサー王と円卓の騎士たちは、歴史上に実在した人物ではございません。実在したという証拠は今のところ掴めておらず(※それらしい人物というのは見つかっているが)、実在したとすれば、「アーサー」という名前では無かったはずだ(※アーサーというのは新しい時代の名前)。

アーサーが「過去に存在した偉大な王」という設定になったのは、おそらく12世紀ごろの話で、「アーサー」に相当する名前の英雄が過去に存在したらしいことまでは、ある程度の証明ができても、それ以上の具体的な業績や仲間関係は、ほとんど分かっていません。

また、「円卓の騎士」に名を連ねる騎士たちも、別々の物語、別々の伝説から引っ張ってきてあとから伝説に組み入れられた人が多く、昔から「アーサー王の家臣だった人たち」ばかりではありません。元は全然別の世界の人たち、別の物語の主人公である場合が圧倒的に多いのです。

アーサー王の伝説には、歴史的な事実と、創作とが入り混じります。先に書いた円卓の人々のように、ある時代からとつぜんアーサー王の物語に登場するようになる人々もいれば、ある段階から忽然と消えてしまった人々もいます。

また、最初から登場し続けていても、リメイクされるごとに設定が変わっていった人々もいる――そんな、物語としての変化、後付け、リメイクされた部分、すべてひっくるめての、壮大な「アーサー王伝説」なのです。

だからこそ、ここを見ている皆さんには、「アーサー王伝説」と聞いたとき、「どのアーサー王伝説だろう?」「どの時代の、どの物語のアーサーのことだろう?」と、疑問に思ってほしいのです。伝説は、時と場所によって姿を変えるものです。

⒉アーサー王とアヴァロン

⒉1歴史か創作か?

アーサー王が実在したかどうかという議論とともに、物語の中に歴史的事実はあるのか、という議論も過去何度となく繰り返されてきた話です。

少なくとも、初期段階では「歴史」と認識されていたようだが、宮廷詩人たちによって美しい騎士叙事詩に書き換えられていったあたりから、虚構が入り始めるのです。どの段階から「創作」と呼ぶのかは、かなりグレーゾーンだが、後の時代に付け足されたエピソードには歴史的根拠は無いと言っていいだろうと思います。

歴史的な背景のもと、「偉大な族長」アーサー像、というのが作られたことは間違いないです。が、アーサーという名前の人物が実在したのか、実在した誰かを元にアーサーという人物を創造したのかは現在のところ、分かりません。

⒉2アーサーと円卓の騎士の家系図

中世の上流階級の人々は、アーサー王の伝説をプロパガンダとして利用しました。たとえば自分のご先祖がアーサー王だと主張する王家の人々や、アーサー王の家臣に名をつらねる騎士の誰かを親戚だと主張する人々が、伝説を都合のいいように書き換え、次の世代に広めていきました。国によって活躍する人物が違うのは、そのためでもあります。

物語を書く人も、生活のためには貴族のパトロンをつけなくてはならなかったし、そもそも文字をかけるのが騎士や聖職者などに限られていたことも、物語の変化に関係していると思われます。

⒉3アーサー王はケルトの英雄?

かつては、アイルランドやブリテン島のウェールズ、スコットランドなどは「島のケルト」と呼ばれ、先住民もケルト人だと言われてきました。しかし最近の研究では、ケルト人が大陸側から島に移住した痕跡が見つからず、そもそもケルト人が「ケルト語」を喋っていたかどうかも怪しくなっています。「島のケルトは存在しなかった」、これがほぼ定説となってきています。

そのため、アーサー王伝説は「ブリタニアの古い伝承」ではあるものの、ケルト文化と繋げて語るのは適切ではありません。また、「アーサー王はイングランドの王」というのも正確ではない。アーサー王のいた時代、イングランドという現在の国は存在せず島は統一されていません。

(これは例えば、ジャンヌ・ダルクのいた時代にフランスという国が存在しないのと同じことです。)

ただし民族的にはだいたい同じであることが、遺伝子調査から判明しています。アーサー王が実在したかもしれない時代の民族に、アーサーの敵であり、ブリトン人を追いやってブリテン島の大半を制圧したノルマン人など後からやってきた移住者たちが混血したものが現在のイングランド人です。

⒊アヴァロンの歴史について

⒊1アヴァロンの歴史

アヴァロンと考えられている場所はフランスのブルターニュ半島沿岸にあるリル・ダヴァル(l’Île d’Aval)またはダヴァル(Daval)という島だという説や、あるいはかつてハドリアヌスの長城沿いにアバラヴァ(Aballava)という砦のあったイングランド最北部カンブリア州の村、ブラフ・バイ・サンズ(Burgh by Sands)という説もあります。

また、コーンウォール半島沿岸のセント・マイケルズ・マウントという島だという説もあります。ここは他のアーサー王伝説の地に近く、干潮の時のみ浅瀬を渡ってたどり着ける島です。

⒊2アヴァロンとアーサー王

アヴァロンはアーサー王物語と特に強く結びついています。アヴァロンはアーサー王の遺体が眠る場所とされているところです。

モードレッドとの戦いで深い傷を負った彼は、アヴァロン島での癒しを求めて三人の湖の乙女(あるいは異父姉のモーガン・ル・フェイ)によって舟で運ばれ、この島で最期を迎えました。いくつかの異説によれば、アーサー王は未来のいつかに目覚めるため、ここで眠っているだけだといわれています。

アーサー王とアヴァロン島は、12世紀の歴史著作家であるジェフリー・オブ・モンマスの『ブリタニア列王史』において初めて結び付けられ、それによるとアーサーはモードレッドとの戦いで致命傷を負い、その傷を癒すためにアヴァロン島に運ばれたとあります。

ジェフリー・オブ・モンマスの別の著作『マーリンの生涯』によれば、アヴァロンの地域を統治する九姉妹は、モルゲン(Morgen)モロノエ(Moronoe)マゾエ(Mazoe)グリテン(Gliten)グリトネア(Glitonea)グリトン(Gliton)ティロノエ(Tyronoe)ティテン(Thiten)ティトン(Thiton)であるとされています。

モルゲンは九人姉妹の筆頭女性で、医術と変形術に長けていました。ティティス(Thitis)はシターンの演奏が上手、巧みであると言われています。

⒊3バスチャーチとは?

バスチャーチとは、バスチャーチ(Bschurch)と呼ばれる、ウェールズとイングランドの国境にあるシュロップシャーの街のことです。ローマ時代の要塞があったロクシター(Wroxeter)から王が来て、Bassa教会に埋葬された、と言う中世の記述があります。(Bassはバスチャーチとら考えられる)

興味深いのはアーサー王は、ケルト系の王だけどローマ帝国のとの結びつきは強かったのです。「ブリタニア列王史」の記述を見ても、祖父の代はローマ司令官でもありました。だから、アーサー王がローマ要塞にいたり、ローマ軍の司令官としても不思議はないのです。最近の研究では、郊外にあるBerth hillが可能性があるんじゃないか、と言われています。

まだ、発掘などの調査は行われておらず、これからだそうだそうですが。現在は緑が広がる場所だけど、かつては水で囲まれていたそうですね。

⒋アヴァロンとアーサー王物語について

⒋1アーサー王物語とは?

『アーサー王と円卓の騎士』は、皆さんご存知のように、中世ヨーロッパで成立した騎士道物語です。いちおうは歴史小説なのですが、史実に基づく部分が少ないのが特徴だったりします。ってことは、このホームページで採り上げるのはどうなのよ?という気もしますが、この文学の成立過程が、そのままヨーロッパの政治史とシンクロしているので、これを見ていくのがなかなか面白いのです。

物語の中では、アーサー王やランスロット卿をはじめとする勇敢で高潔な騎士たちが、貴婦人や乙女を守って大冒険。馬上試合や華麗な恋愛が花開く中、魔法使いや予言者が闊歩し、邪悪な怪物や恐ろしい蛮族が攻め寄せる。魔法の剣に、妖精に、聖杯に。つまり、後世で「ファンタジー」と呼ばれる文学的要素のほとんどが、この物語の中に含まれています。

なにしろ、『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)』も『スター・ウォーズ』も『ドラクエ』も『ファイナル・ファンタジー』も、その全てがアーサー王物語のパクりと言い切ってしまって良いほどです。

⒋2無限に広がる作品世界

「円卓」というのは、実に見事な創作です。なぜなら、この装置のお陰で、アーサー王宮廷は無限の広がりを見せることになるからです。上下関係の序列がつかない円卓には、名のある騎士であれば誰でも座ることが出来ます。

そしてアーサー王は、鷹揚な心で広く外国にも門戸を広げましたので、イギリス人じゃなくても円卓に座ることが出来ました。そもそも、円卓の騎士の筆頭であるランスロット卿はフランス人なのです。

こうして、ヨーロッパ各地の宮廷で創作される騎士道物語で、主人公がキャメロット城に立ち寄るエピソードが作られて行きました。時代が経つにつれ、こういった騎士道物語の中には、アーサー王物語の中に吸収されて一体化してしまうものも出てきます。主人公たちは、いつのまにか円卓の騎士の一員になってしまうのです。

そういうわけで、円卓の騎士のメンバーの中には、もともとまったく別のお話の主人公だった人も加わっているのでした。

たとえば、アニメ『燃えよアーサー』や映画『キング・アーサー』の中で、当たり前のようにアーサーの側近をやっているトリスタン卿は、もともと『トリスタンとイゾルテ』というまったく別の物語の主人公なのです。

また、アーサー王物語は非常に融通の利くストーリー構造なので、いくつもの新解釈を生み出すことが可能です。だからこそ、21世紀の今日でも、世界各地でアーサー王物語の別ヴァージョンが創作されているのです。アーサー王物語は、人類滅亡のその時まで、拡大し進化し続けるのではないでしょうか?

⒌古代文明のアヴァロン

⒌1古代文明のアヴァロンについて

リチャード獅子心王の治世の1191年、グラストンベリー修道院の墓地でアーサー王の古墓が発見されたとの発表がされました。

ギラルドゥス・カンブレンシス(ウェールズのジェラルドの同時代の著述(1193年頃)によれば、当時のグラストンベリー修道院長をつとめるヘンリー・ド・サリーの指導のもとに墓の探索が行われ、5メートルの深さから樫の木でできた巨大な棺のようなものと二体の骸骨を発見しました。

また、そこには通常の習慣どおりの石蓋ではなく敷石がおかれ、石の裏側に貼りつけるようになって密接した鉛製の十字架には「ここにアヴァロンの島に有名なるアーサー王横たわる。

第二の妻ウェネヴェレイアとともに」と刻印されていました。また、王墓の探索に着手したそもそもの理由については、リチャードの父ヘンリー2世がまだ存命の頃、年老いたブリトン人の歌人から、墓がそのくらいの深さから発見されるはずだ、という暗示を受けたからだとギラルドゥスは釈明しています。

⒍まとめ

いかがでしたでしょうか?
アヴァロンとアーサー王物語は深い関係があることがお分かりいただけたと思います。今まで私たちが馴染み深い、映画やドラマなどにも何度も活用されてきたこの文明や文化は、知らない人が大半です。是非ともこの機会に、少しでもアヴァロンの文化や歴史について触れてみてはいかがでしょうか。

最後に、この記事が少しでも読者のご参考になりましたら幸いです。

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