『真の死生観から学ぶ、最高に幸せな生き方。 第1回:死とは何か?』


このレポートは、動画講座「真の死生観から学ぶ、最高に幸せな生き方」の第1回「死とは何か」のサマリー記事です。

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2018年に幽界は、ほぼ解消された!!

実は今まで、私たちが生きている現実の世界と、死んだ後に行く世界であるアストラル世界の間に「幽界」という世界がありました。そのために、人々は死後の世界はおどろおどろしいイメージを持っていました。しかしながら、2018になって、「幽界」はほぼ解消されました。

ですので、これからの人々は死後に対して変なイメージを持たなければ、死後、簡単にアストラル世界に行くことができるようになりました。

 

魂とは情報の器である

「スピリット(霊性)」とは空気のように漂っているようなもので、スピリットを入れて置く器が「魂(たましい)」です。
この魂という器があることにより、個々に区別されます。魂はいわば皮膜のようなもので、これにより、内側にあるスピリットと外側にあるスピリットが区別されます。魂だけでは肉体をもっているわけではないので、生き物としての生命をもっているわけではありませんが、魂という「個」の存在があることになります。

 

スピリットは情報を持ったエネルギーである

個々の魂の中にあるスピリットには、それぞれの個性を持っています。
スピリットはエネルギーと言い換えることもでき、様々な振動数をもっており、様々な性質(情熱的、穏やか、短気など)をもっています。

また、この振動数の違いによって違った情報を持ってくることができます。
この情報は「意識」と言い換えることもできます。
いわば意識もまたエネルギーということができ、意識によって様々な表現や作用を起こしたりすることができます。

このようにして、それぞれのスピリットは様々な情報の違いにより、個性を発揮するのです。
まさに、人間の性格や体質、思考グセ、感情グセの違いはここに起因します。

 

スピリットを通じてエネルギーを感じる

魂は常に新しいエネルギーを取り込んで、古いエネルギーを放出しています。
例えば、何かを表現しているときもエネルギーを放出していますし、相手の行動からエネルギー(情報)を得ています。
雑踏に中にいると思い空気を感じ、自然の中にいると解放されるのも、エネルギーの動きといえます。

このように、人々はスピリットを通じてエネルギーを感じるができます。
人と人が触れ合っていなくても、何かのエネルギーを感じるのは、スピリット同士が触れ合っているからです。
私たちは、相手のスピリットを嗅ぎ分けるということを自然にやっています。

 

個性は人生の可能性である

スピリットとは普遍のように思いがちですが、常に上書きされています。
人は様々な経験を通じて成長するにつれ、思考グセや感情グセも変わってきます。
そのようにして、スピリットも変化していきます。
個性は変わらないものではなく、人生の可能性であり、その可能性により変化していくことで、魂は成長していくのです。

 

「死」を恐れる必要はない!!

「死とは何か」ということを考える前に、まず「生きている」ということについて考えてみます。
魂の中にあるスピリットがこの地球という次元で現実を体験しようと思った時に「肉体を持つ」ということを決めます。

肉体を持つためには肉体を持つ両親が必要です。
魂はアストラル世界から、お父さんをお母さんを見つけ二人の遺伝子を貰おうと決めて、肉体を持ちます。
魂は肉体よりも大きいものですから、肉体の中に魂があるというのではなく、魂の中に肉体があります。
ですので、魂は肉体を覆いこんで、肉体を操っているというイメージになります。

このことを踏まえると「死」というものは、魂がスピリットを引き連れて肉体を出て行くことを指します。
また、死んでしまっても、魂は「私」という感覚や生前の記憶を持っていきます。

ちなみに幽霊は、アストラル界に行けずに、自分が死んだということを認識せずに霊界にとどまったもので、彼らもまた「私」という感覚を持っています。

肉体から出た魂は「スピリット」という存在になりますが、死んだ当初は自分は死んだことを気づかずにいます。
死を覚悟して病床にいたような方は、比較的スムーズに死後の世界に行くことができますが、突然の不慮の事故で亡くなったような方は、自分の肉体から出てしまったことにショックをうけて慌ててしまいます。なんども体に戻ろうともします。

しかしながら、割と短時間で自分が死んだことを認識します。
死んだ方の多くは、死んだ時、まず家族を心配します。
それと同時に家族のもとを訪れます。このように意識した瞬間にその人のもとを訪れることができるのが、現実世界との大きな違いです。つまり、生きている人と亡くなっている人の「時間」が違うのです。

「死」というものは、死ぬ前に苦しいことはあっても、「死」の瞬間そのものは苦しいものではありません。
死んだあとも「私」はありづづけますから、「私が存在しなくなる」という不安は持たなくてもいいのです。

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アストラル界と私たちの世界が近くなった!!

人類の多くは、長い間、「輪廻」の繰り返しを余儀なくされていました。
つまり、アストラル界に行けずに、幽界からまた生まれ変わるということを何度も何度も繰り返してきたのです。

この輪廻を繰り返すうちに、魂はだんだん消耗してきます。
そして、中のスピリットが癒されるということがなく生まれ変わります。
記憶はかき消されているので、それを気づかされませんが、魂はくたびれているです。
ブッダは「輪廻を繰り返してはならない」と何度もお弟子さんたちに諭しました。

以前は、「色々な迷惑をかけたから地獄に落ちる」と考えると、その人は幽界にとどまることで、そのような来世を過ごすことになりました。しかしながら、現在では幽界がなくなりましたので、死者はダイレクトにアストラル界に行けますし、地球上に残っている多くの幽霊もまたアストラル界に引きあげられました。

幽界がなくなることによって、私たちの世界とアストラル世界がぐんと近くなりました。
つまり、お互いに影響を与えやすくなったのです。

幽界が崩壊したことにより、アストラル界のスピリットたちが、知恵や情報を私たちに伝えることができるようになりました。
また、今までチャネリング能力のあるような地球人たちに限られていましたが、誰でも、アストラル界のスピリットたちから知恵を授かることができるようになりました。今後は直感という形で情報をもらうだけでなく、積極的にアストラル界のスピリットとコミュニケーションができるようになると思われます。

 

私たちはマザーアースを選んできたから

スピリチュアルに偏っている人は、「魂の目的はなんなのか」ということを仰々しく考えがちです。
俗な欲望に動かされることを疎んじたりすることで、逆に世俗的な「幸せ」をわざわざセーブするのも、もったいない考え方です。

地球は非常に豊かです。私たちはわざわざこのマザーアースを選んできました。
持つことで幸せを感じたい人もいれば、持たなくても幸せを感じる人もいます。

人それぞれが、ここ(地球)でしか味わえない体験を一生懸命やってみることが「生きる」ということではないでしょうか。
「この自由な生き方を制限する」ような考え方を信じなくてもいいんじゃないかと思います。

本に書いてあることを信じて、自分に制限をかけて不自由な想いをされている方がいらっしゃいますが、
そんな方が「自分は人生を十分に謳歌した」と思って死ぬことができますでしょうか?

 

生きているからこそ心を揺さぶられる

生きるということは、ここで肉体を持つということです。
そして、この地球には独特の時間が流れています。
この時間を経験するということが、地球人にとってとても大事なことだと思います。

死者は時間のプロセスをカットしますが、私たちはその起承転結の全てを味わうことができます。
起承転結があるということは、そこにはドラマがあります。

このドラマというものは人間の心をゆさぶるものです。
このドラマに感情をゆさぶられすぎると中毒症状をおこしますが、
この状況を客観的に見つめる目を持つことで、心を育むことができます。

心を揺さぶられるということは、みなさんにとって快感なのです。
こういうことをたくさん経験することで、生きていることが実感でき、生きる価値が見出されるのです。

第2~第6話をご覧になりたい方は、こちらをご覧ください。

『第2回 クロスオーバー、死後の世界への移行をどう体験するか。』

『第3回 死後の世界やアストラル界はどんな世界?』

『第4回 人間とスピリットの関係』

『第5回 最高に幸せな生き方とは?』

『第6回 スピリット達のサポートを、私たちがどう受け取っていったらいいのか?』

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