ベジタリアンになることは、アセンションに役立つのか?ベジタリアン・ヴィーガンのメリット&デメリットとは?聖人の臨終時の「ある言葉」に隠された食べ物とカルマの秘密

ベジタリアンになることは、アセンションに役立つのか?ベジタリアン・ヴィーガンのメリット&デメリットとは?聖人の臨終時の「ある言葉」に隠された食べ物とカルマの秘密


べジタリアン、あるいはヴィーガンは、健康に良いとは頭では判っていても、なかなか踏み切れない!という方が多いと思います。

そこで、本記事では、お肉大好きだった筆者がなぜヴィーガンになったのか、その経緯と、ベジタリアンであることの、メリット及びデメリットについて自身の体験も含め、深堀りして、ご案内いたします。

健康に懸念があるかた、エネルギッシュに生きたい方、セルフアセンションを推進したい方は、どうぞご参考になさってくださいね。

1.なぜベジタリアンが健康にいいのか?

筆者は、ベジタリアン歴10年超になります。

また、野菜などは、可能な限り、ローフード、すなわち生で摂るようにしています。

なぜなら、それが、食物のポテンシャルを最大限に引き出す食べ方だという結論にいたったからです。

「人間は、生きているので、食べ物も、生きた食べ物が良い」と、どなたかが述べていましたが、まさに至言です。

野菜などを生で食べることで、酵素やビタミンを、最大限摂り入れることができるのです。

 

2.ベジタリアンになったきっかけ

「ベジタリアンです」というと、ほぼ決まって、なぜベジタリアンになったのか?と尋ねられます。

その理由は、勿論宗教上の理由などではありません。ベジタリアンはカッコ良いから、といった理由でもありません。

筆者はもともとお肉大好き人間で、定期的に焼き肉レストランに行ったり、家でもステーキを焼いていましたし、お気に入りの弁当は、唐揚げがぎっしり詰まった「海苔から弁当」でした。

それがなぜベジタリアンになったのかと言いますと、20歳の頃のある出来事がきっかけでした。

生まれて初めて、霰粒腫が出来ました。いわゆる「ものもらい」です。

眼科に行ったところ、切開する必要があるとのことで、切開手術を行いました。

大人になってから、ほぼ怪我などしたことがない筆者にとっては、極めて苦痛な経験でした。

その後、数か月もすると、またしても、霰粒腫が出来たのです。

もう二度とこのような経験をしたくない、と痛感した筆者は眼科医に尋ねました。これを防止する方法はないのかと。

すると、医者は答えました。これは、体質だから、出る人は、切っても、切っても、金太郎飴のように出てくるもので、防止する方法などない、と。

これを聞いた筆者は、「そんな馬鹿な話はあるはずがない」と、健康関連の本を手あたり次第に読みまくりました。

その中で、一冊の本が、光明を照らしてくれました。

目の周囲に出来る脂漏性のできものの原因は、「肉類の摂りすぎ」「野菜不足」が原因であると。

それは、マクロバイオティック食事法の本でした。

「これだ!食べ物が原因だったんだ!」そう気づいた筆者は、その時から、食事を変えていくことにしたのです。

 

3.マクロバイオティックへの道

それまで、毎日なにかしらの肉類を食べてきた筆者が、いきなりベジタリアンになるのは、あまりに大きな変化ですから、精神的にストレスの無いように、少しずつ変えていくことにしました。

まずは、ハンバーガーなどの、ジャンクフードを、週1回に制限しました。

そして、肉類を出来るだけ魚介類に変えていきました。

マクロバイオティック食事法では、肉類はNGでも、シーフードはOKとなっているからです。

また、ニンジンなどの緑黄色野菜を、努めて多めに食べるように心がけました。

このように、食事を変えただけで、実際に、もう霰粒腫は出なくなったのです!

そればかりか、身体は疲れにくくなりました。

以前から、ステーキのような肉類を取った後、睡眠が多く必要で、身体がむしろ疲れやすいことに気づいていましたが、肉類を止めると、この独特の疲労感を感じることがなくなりました。

身体は、よりエネルギッシュになりました。

食生活が間違ってたんだ!

そう気づいた筆者は、食事をオーガニックのものに変え、可能な限りマクロバイオティックに忠実な食事を摂るようにしたのです。

そして、年数を経るにつれ、病気とも無縁となり、季節の変わり目でひいていた風邪もひかなくなり、医者にもかからなくなり、薬を摂ることもほぼ無くなりました。

なにごとも極めないと気が済まない性格の筆者は、徹底してマクロビを実践していったのです。

 

4.マクロビからベジタリアンへ

その後、あるきっかけから、魚介類を食べるのもやめ、ベジタリアンになりました。

そのきっかけとは、瞑想です。

筆者は、ある時からヨガをするようになり、その繋がりで、瞑想もするようになりました。

その瞑想の最中に、困った現象に苛まれるようになりました。

それは、意識を研ぎ澄ませているときに、喉に鉤、フックのようなものが突き刺さるイメージが出てくることでした。

痛みを伴うわけではありませんが、そのイメージが出てくるたびに、意識の集中が遮られ、喉をかばうために、手で覆いました。

このイメージの原因は、一体なんだろう?

そう考えたときに、思いついたのは、これは、もしかして、魚に釣り針が刺さった時の感情・恐怖を追体験しているのではないか?ということです。

そこで、それまで食べていた魚介類も止めることにしました。

すると、そのイメージが出てくることは無くなったのです。

また、こんな現象もありました。

瞑想中ではありませんが、ある時、ふと自分の胸が(性的な意味ではなく)ぎゅうぎゅうと強い力で掴まれたような感覚がありました。

物理的な痛みはさほど無いものの、極めて不快な気分になりました。

そこで、お魚の時と同じように、自分がその日に食べたものから推測してみることにしました。

その時推測されたのは、もしかして、これは、搾乳されている、乳牛の気分を味わっているのではないか、ということでした。

その現象は、生クリームやミルクチョコレートを食べた後に経験する現象だったからです。

ああ、牛は、搾乳されている時、実際には、きっと痛みを感じていたんだ。そのように想像されました。

それからは、乳製品も、控えるようになりました。

するとやはり、その不愉快な感覚も、感じることは無くなったのです。

考えすぎじゃないのか?神経質なだけじゃないのか?そう思われるかもしれません。

しかしながら、実際に、鬱病の人は、屠殺される動物がその直前に感じていた恐怖・ストレスがエネルギーとして細胞に残っているものを食していることが、要因の一つであると言われているのです。

動物には、人間よりも、動物的本能が強く働いていますから、屠殺される前に、それを予期していたとしても、不思議はないでしょう。

また、あるマクロビレストランで仲良くなった店員さんと会話して知ったのですが、彼女の場合は、タコやイカなどの頭足類を食べた後、実際に脚がぐにゃっと歪むような、リューマチのような感覚があるので、絶対に食べられない、と言っていました。

こうして、食べ物が、健康だけでなく、感情や心理にまで大きな影響を及ぼしているということを、身をもって学んだのでした。

5.スピリチュアルな視点からみたベジタリアンとカルマの関係

これは、どこかで読んだ話で、記憶があいまいなのですが、たしか、お釈迦様のエピソードだったと記憶しています。

記憶違いでしたら、ご容赦ください。ただ、聖人として高名な人物ということは覚えています。

その人物が、臨終の間際に言った言葉が、「動物の肉を食べてはいけない」というものだったそうです。

臨終の間際ということは、非常に大切なメッセージのはずです。そのメッセージが、「動物の肉を食べてはいけない」ということは、一体どういう意味なのでしょうか?

このことを2つの観点から検証してみましょう。

まず、波動です。

この世の全ては、波動をもっています。異なる周波数で振動している波動なのです。

動物の肉を栄養学的に見た場合、例えば、たんぱく質、カルシウム、ビタミン、脂質など、優れた栄養素が含まれています。

しかしながら、前項目で既述の通り、波動的には、草原で、草を食んでいたり、日向ぼっこをしたりして、幸せな時を過ごしている波動もはいっている可能性がある一方で、死に対する恐怖、屠殺されることへの恐れ、怒り、ストレスなどが波動として入っているかもしれません。

これを取り込むことによって、私たちの中にも、死への恐怖、怖れ、怒り、ストレスなど、その動物が抱いていた波動を取り込むことになり、いずれ心理的に経験することになるのです。

次に、カルマの法則という点から動物の肉を食べることについて検証してみます。

カルマという点から見ると、とても残酷に響きますが、別の生物の命を奪って、その肉を食するという行為をしていることになります。

カルマの法則では、自分が成した行為は、すべてなんらかの形で自分に還ってくることになりますから、「別の生物の命を奪って、その肉を食する」という現象が、いずれ自分に還ってくることになる可能性があります。

勿論、自分自身が命を奪うという行為を直接的に行なったわけではないでしょうし、生命を維持するという目的だったかもしれません。でも、今世ではないかもしれませんが、それが自分に還ってくる可能性があります。

そのように考えると、聖人の臨終の言葉、「動物の肉を食べてはいけない」がとても腑に落ちるのです。

個人的な話になりますが、筆者はアセンションが起きると言われていた2012年12月の前後ほぼ10年以上にわたり、非常に苦しい経験が続きました。

波動的には、もう100回くらい殺されたくらいの経験が続きました。

筆者は、ホラー映画はおろか、TV番組の手術シーンですら耐えられないくらい、残酷なもの一切が苦手ですから、過去世において、100回人を殺したとは、とうてい考えられません。

でも、今世においてこのような残酷な経験をする必要があったということは、カルマ的にみて、そのような波動が自分に取り込まれているはずなのです。

これについて、自分なりに幾度も思考を重ねた結果、これが、アセンションのために、自分がこれまで食した動物の肉に対するカルマの清算だと考えると、辻褄が合うのです。というか、それ以外に思い当たることがありません。

過去世において、沢山の人を殺してきたのであるなら、そのような「サイン」が今世でも残っているはずです。

この「サイン」の例を示すために、海外で出逢ったある人達のお話をします。

まず、ある資産家の男性ですが、この方は、表面的には、とても親切で紳士的な方でした。

しかし、この方は、ほぼ毎週のように狩りに行かないと、気が済まないのです。生活のためではありません。お金は十分にあります。食べるためでもありません。仕留めた動物の肉が、食べきれずに冷蔵庫に余っているのです。

狩りというと、ブルジョア的な趣味でカッコよく響きますが、要は、快楽のために動物の命を奪うことです。

それを、やらないと気が済まない、中毒になっているということは、その方は、そうした「資質」、DNA的なものを生まれながらに波動として持っているということです。

次に別のある女性の話です。この方も、表面的にはとても親切な女性でした。

この方は、小学校で教員の仕事をしています。なので、子供たちの教育のために働くことを喜びとしているわけです。

その一方で、この方は、毎晩、時には朝、仕事で学校に行く前ですらも、ホラー映画を観ないと気が済まないのです。

誰かが襲われる恐怖などを観ることが、快感になっており、それに中毒になっているのです。

これも、その人が、恐怖に怯える人を観察することが快感であるという資質、DNA的なものを波動として持っている、ということです。

それを、実生活において体験するわけにはいかないので、映画を観ることで、自分の欲望を昇華させているのです。

なので、こうしたホラー映画は、筆者からすれば「どうしてわざわざこんなものを観たい人がいるのだろう?」と存在自体が疑問でしかなかったのですが、こうした人たちの欲望を叶えるという、目的を果たしているわけです。

このような例を挙げているのは、こうした人たちをジャッジするのが意図ではありません。ここで言わんとしていることは、過去世で自分がどんなことを喜びとしていたか、その人がどういった魂の持ち主であるか、そのサインが、必ずどこかに現れてくるものだ、ということです。

特にアセンションの光が増してきている現在は、強烈な光によって炙りだされ、各人の本性というものが明らかになってきています。

自分の本性を隠すことが困難になってきているのです。

結論として、自分が残酷な目に遭うのを避けるには、やはり残酷な目に遭った動物の肉を採り入れるのを止めるのが、カルマ的に見て、理に適っているのではないか、ということです。

そう考えると、因果律について熟知している仏教の僧侶たちが、菜食主義なのも、悪しきカルマを取り込まないという目的のためであり、やはり理に適っているのです。

 

6.ベジタリアンであることのデメリットは?

ここまで、ベジタリアンであることのメリットについて主に述べてきましたが、今度はデメリットを挙げてみます。

波動的に多くの人たちと合わなくなる

長年ベジタリアン食だった某アーティストが、波動的に大多数の人と合わなくなってしまうから、という理由で、ベジタリアンを止めた、という話を読んだことがあります。

これは、筆者も大いに共感するところです。

ベジタリアン人口は増えているとは言っても、まだまだ少数派であり、ほとんどの人は肉食が当たり前です。そして、菜食の人は、独特の波動を持っており、肉食の人とは、周波数が異なってくるのです。

それに気づき、自分のポリシーを変えて、肉食に戻るか、それとも、自分のポリシーを貫くかは、その人の選択に任されています。

筆者自身は、こうしたデメリットがあるのを痛感しつつも、ベジタリアンであり続けたことを後悔したことはありません。

また、肉食だから残酷で、ベジタリアンだから残酷ではない、という方程式が常に成り立つわけでもなく、肉食でも、ベジタリアンの筆者と波動的に合う人はいます。

 

排他的になる

筆者自身は、自分もかつては肉を食べてきており、その美味しさを知っていますから、肉食の方を、一切ジャッジすることはしません。

現に、今まで食べたものの中で、一番美味しかったものは何かと尋ねられたら、成人式の時にいただいた、ローストビーフと答えるでしょう。

でも、ベジタリアンの方の中には、とても排他的な人たちがいて、肉食の人に対して、「動物を殺すなんて、残酷!」みたいな姿勢の人もいます。

自分がベジタリアンになることによって、波動に敏感になり、動物の命を奪うことが許せなくなってしまうんだと思います。

でも、人間には、肉食をすることが、ほぼ文化として根付いており、生まれた時から菜食主義の人は、むしろ少ないわけで、善悪の観念を持つ前に、すでに肉食として育てられているわけですから、それを変えていくのは、難しいものだと考慮する必要があると感じます。

その一方で、高級肉の専門レストランを運営する某著名人が、「ベジタリアンの奴は、絶対ぶっ潰してやる」などと発言していることから、こうした排他的あるいは攻撃的な姿勢を持つのは、菜食主義者に限ったことではなく、肉食主義の人にも見られるのです。

 

栄養・エネルギーが不足する

菜食では補うことのできない、人体で生成できない栄養が存在する、という説がありますが、それは、ある程度は真実だろうと思われます。

「ある程度真実」と述べたのは、これは、生まれつきベジタリアンかどうか、これによって変わってくると推測されるからです。

生まれつきベジタリアンの場合は、身体が、自ら必要な栄養を生成しようと機能するため、肉の補給がなくても、正常に機能するようなシステムが既に構築されているのです。

一方、後天的ベジタリアンの場合、肉によってアミノ酸など特定の栄養が補給されていたのですから、その栄養の補給が断たれた場合、身体は、その栄養を生成するシステムを持たず、その栄養が不足する、という事態になるだろう、ということです。

よく、それまで肉食だった人が、ベジタリアンになったとたんに、皮膚にツヤが無くなったり、毛髪がパサパサになったりなどの現象があると聞きますが、これは、それが原因と考えられます。

でも、これも、自分の信念を書き変えることに成功すれば、改善できるのではないかと思っています。

ただ、長年菜食主義を続けてきて、エネルギーや栄養の不足を感じたり、身体に支障をきたした経験から、肉食に戻る人たちがいることも事実です。

そうした人たちは、肉食に戻ったとたん、エネルギーの向上や、幸福感、アレルギー症状などの改善を経験しているようです。

なので、身体が肉を必要としていた、ということです。

 

食べられるものが限られてくる

ベジタリアン・ヴィーガンでも、現在はバリエーション豊富な料理法があり、そうした専門店もありますから、筆者自身は特にベジタリアンになって、困ったことはありません。

ベジバーガー、ベジ餃子、ベジ○○というものが、沢山あります。

でも、これまで肉食だった人からすれば、物足りないと感じるかもしれません。

また、ベジタリアン食は、消化が早いので、お腹がすくのが早かったり、満足感が得られにくかったり、という感覚があるかもしれません。

 

まとめ

ベジタリアンがいかに波動的にもカルマ的にもメリットがあるかについて述べましたが、結論は、「自分が食べたいものを食べる」これに尽きると思います。

ベジタリアンになりたくないのなら、まだその時期が来ていないのです。

人間として地球に来ている以上、なるべくたくさんの経験を積みたいと魂は願っています。

肉食も、自分の魂が食べたいと思うのであれば、それに従うのが賢明です。

なぜなら、「悔いを残す」これがアセンションするうえで、痛恨のエラーだと思うからです。

例えば、「精神性を高めたい」という願望の元に、僧侶になったとします。

そうして、本当は女性と付き合いたい、肉を食べたい、という真の欲望を押し殺してきて生涯を捧げたら、その反動から、来世では、「沢山の女性と遊びたい」「肉を食べまくりたい」という人生が待っているのであり、アセンションから、もっとも遠ざかってしまうからです。

女遊びをするため、肉食をするため、その目的だけのために地球に戻ってくることになったら、どうでしょう?

アセンションは、人間としての人生に悔いを残さないことです。

自分の本心が望むことを叶えることです。

なので、肉が食べたいなら、思い切り食べまくることです。気のすむまで食べつくしたら、その欲望は昇華されていくでしょう。

筆者が、ほぼストレスフリーでベジタリアンになれたのも、それまで肉を沢山食べてきたからです。悔いが残っていなかったのです。

なので、もう肉も十分に食べたし、ベジタリアンになってみたい!というのであれば、実践してみると、沢山のメリットを体感できると思います。

2017年から魚座から水瓶座の時代!?次の2150年は公平分配の社会へ。

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